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一つの味の向こうに

26/10/11 12:00

この記事は、UKRAINE HOUSE JAPANのチームメンバーを紹介するシリーズの一編です。今回は、味を通してウクライナを伝えるカテリーナ・アンドレンコが、自身の歩みと思いをつづります。

私たちは普段、一つの味の向こうに、どれほど多くのものがあるのかをあまり意識しません。それは、ほんの一瞬の出来事だったり、誰かとの記憶だったり、人生のある時期や、ある場所だったりします。味や香りは不思議なほど記憶と結びついていて、何年も経ったある日、もう遠い過去になったと思っていたものを、ふとよみがえらせることがあります。



たとえば私にとって、イチゴの味は、子どもの頃の何の心配もなかった時間と、祖母の手のぬくもりです。新じゃがいもで作るデルーヌィ(ウクライナのじゃがいものパンケーキ)の味には、私が二人のために料理をしながら聞いていた祖母の話が重なります。祖母自身の人生、私の曾祖父母、そして今では私の家族の歴史となった時代のこと。



そして、黄色いサクランボの味もあります。その味は、今では戦争によって破壊されてしまったある場所を、私の中によみがえらせます。記憶の中では、その場所は再び元の姿を取り戻し、そこには暮らしがあり、未来があります。



きっと誰の中にも、こうした「記憶のきっかけ」が数えきれないほどあるのだと思います。そして、味の向こうにあるのは個人的な思い出だけではありません。家族の物語やレシピ、暮らしの習慣、その土地の食材、調理や保存の方法、世代から世代へと受け継がれてきたもの。個人の記憶は、家族や土地、文化の記憶と少しずつ重なっていきます。それらが私たちの味覚や調和の感覚、自分のルーツへの理解を形づくり、やがて、その文化ならではの「味の感覚」へとつながっていくのだと思います。



私は昔から料理が好きでした。でも長い間、それは私の好きなことの一つで、仕事はまったく別の分野でした。初めて日本に来たのは18年前です。そしてこの日本で、長年好きで続けてきた料理が、私の仕事になりました。



プロの厨房で経験を重ねるうちに、私の仕事も、料理を作ることから、自分で料理を考え、メニューを組み立て、どんな味を表現したいのかを追求することへと変わっていきました。それまで感覚的に捉えていた味や組み合わせ、調和も、意識して考え、組み立てる仕事の一部になっていきました。



さまざまな国のシェフたちと仕事をする中で、同じ食材でも、その感じ方が驚くほど違うことに気づきました。それぞれに馴染みのある組み合わせがあり、バランスの感覚があり、味から思い浮かべるものも違います。技術は学ぶことができます。でも、何を「おいしい」「調和している」と感じるかは、それよりずっと前から、記憶や環境、文化の中で育まれているのだと思います。



そこから、私にとって大切な問いが生まれました。



私が「ウクライナの味」だと感じるものは、いったい何からできているのだろう。



ウクライナ各地の郷土料理を深く知るほど、食材と土地、レシピと歴史、調理法と人々の暮らしのつながりが見えてきました。私が知りたいのは、伝統的なレシピをそのまま再現することだけではありません。なぜこの食材なのか。なぜこの組み合わせなのか。なぜこの調理法なのか。その料理が生まれた背景と、味がどのように組み立てられてきたのかを理解したいのです。そこがわかって初めて、その料理らしさを失わずに、新しい表現へと進めると思うからです。



この18年の間に、日本もまた私の味覚の一部になりました。ここで、それまで知らなかった食材や組み合わせ、季節の捉え方、さまざまな考え方や技術に出会いました。それらは、それまで自分の中にあったものを塗り替えたのではなく、そこに新しい経験として積み重なっていきました。



私が今、一番面白いと感じているのは、まさにその出会いです。日本で作るウクライナ料理は、形を変えることも、現代の技術を取り入れることも、日本の食材と出会うこともできます。それでも、ウクライナ料理であり続けることができる。



言葉も、人とともに変わっていきます。新しい経験とともに新しい表現が生まれても、その言葉は私たちの言葉であり続けます。私にとって、料理も同じです。記憶は料理に根を与えてくれます。でも、その根が、新しいものへ進むための境界になってはいけないと思っています。



料理は、私がシェフとしてウクライナを語るための、一つの言葉になりました。味を通して、その土地の記憶や歴史、伝統や暮らしに触れることができます。そして同時に、変化し、新しいものを生み出し、世界と関わり続けている「今のウクライナ」についても伝えることができます。



現在、私はUKRAINE HOUSE JAPANの一員でもあります。そこでは、一人ひとりがそれぞれの方法でウクライナについて伝えています。



味は、長い時間や世代を越えて記憶を運ぶことができます。でも同時に、誰かにとっての新しい経験の始まりにもなります。ここ日本で作る一皿のウクライナ料理が、二つの文化が出会うきっかけになることもあると思います。



そんな出会いから、まず「この味は何だろう」という興味が生まれ、やがて、その味の向こうにあるものをもっと知りたいという気持ちにつながっていく。もっと知り、もう少し深く理解することで、互いの距離も少しずつ近くなっていく。



一つの味の向こうには、食べることだけではない、もっと多くのものがある。私はそう感じています。

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