
クリミア。占領された故郷の記憶
26/2/26 3:00
ほとんどすべてのウクライナ人にとって、クリミアにはそれぞれの特別なつながりがあります。家族と夏休みを過ごした人もいれば、療養のために保養所を訪れた人、地元の山々を歩いた人もいます。
本日、占 領への抵抗の日に、そのような人生の物語の一つをお届けします。

私の人生は、いつも波のリズムとともにありました。私はウクライナ南部に生まれ、そこでは海が地平線の欠かせない一部だからです。果てしなく広がる青い水面は、幼い頃から私に自由の感覚を与えてくれました。しかし、水と雄大な山々が出会う場所にこそ、世界の真の豊かさがあることを知りました。クリミアは、まさに私にとってそのような力の場所となりました―海風が山の斜面に広がる松林の香りと溶け合う、かけがえのない空間でした。
幼い頃、両親とともに何度も半島を訪れ、静かな入り江や、幾世紀もの歴史を息づかせる古都を発見しました。学校の遠足は、友人たちと共有する新たな発見の場となり、大学時代には、数日にわたる登山の中で山道が本当の忍耐力を試す舞台となりました。
これらの風景の中で、私の人生を形づくる最も重要な出来事が起こりました。クリミアで私は初めて愛の力を知り、そこで後に夫となる人と出会いました。家族が増え、私たちはその大切な伝統を受け継ぎ、自分たちの子どもたちをクリミアの小さな家へと連れて行きました。そこには小さな庭があり、暖かな太陽の下で果実が実り、夕暮れには蝉の声とともにヴェランダでの語らいが続きました。それは私たちだけの小さな楽園であり、毎年の夏は家族のぬくもりを蓄える宝箱のようでした。
しかし、2014年2月の出来事が、私たちの人生の流れを突然変えました。ロシアによる半島の占領は、長い疎外の時代の始まりとなり、ウクライナ人は事実上、自らの土地への立ち入りを拒まれ、家や花咲く庭、そして日常の暮らしを後にせざるを得なくなりました。
この侵略行為はすでに十二年目に入り、2022年2月24日の全面的な侵攻への前触れとなりました。多くの家族にとって、故郷との唯一のつながりは、幸せだった夏の日々や自宅のぬくもりの記憶だけとなりました。それでもなお、記憶は私たちの過去を大切に守り、それを内なる強さとアイデンティティの源へと変えてくれます。
現代のウクライナの歴史と文化に関する研究は、土地との結びつきこそが私たちの不屈さの基盤であると強調しています。今日、私たちは失われた故郷への悲しみだけでなく、正義のために行動するという深い決意を抱いています。私たちの社会には揺るぎない信念と抵抗の意志が息づき、痛みを創造的で実践的な力へと変えています。試練の日々は、真実の回復へ向かう歩みをさらに強くするのです。
国際社会の支援と、志を同じくする国々の連帯は、私たちが故郷を取り戻し、再生し、再び花開かせるための大きな支えとなっています。
ウクライナの友人たちとともに、私たちは未来を変える意志を持ち、クリミアの海岸の一角一角に再び命を吹き込むことを目指しています。自由な世界の連帯した努力が、海辺にある私たちの家族の炉辺の灯を、再び輝かせてくれると信じています。



