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ロシアによるウクライナへの全面戦争から
4年、2026年2月24日

26/2/24 3:00

ウクライナ国家の起源は、9〜13世紀のキーウ国家にまでさかのぼります。10世紀にはすでに、ヨーロッパの文化と法秩序を牽引する中心地の一つでした。ドニプロ川のほとりから書記文化と統治の伝統が広がる一方、北方の湿地帯では、のちにモスクワ国家の基盤となる最初の集落が、ようやく12世紀に形成され始めたに過ぎませんでした。

ウクライナ民族の歴史は、常に揺るぎない自由への志によって形づくられてきました。各時代においてその意志は、母語と固有の伝統を守り抜くことで示されてきました。何世紀にもわたり、北方の隣国は他民族の歴史的遺産を簒奪し、ウクライナのアイデンティティを帝国的な物語の中に溶解させようとしてきました。しかしそれは、断固たる抵抗に直面し続けました。ウクライナ人は、自らの遺産を一滴一滴集め、歌や密かに書き継がれた手稿の中に守り、自由を最高の精神的原理として抱き続けてきました。



2014年の出来事―クリミアおよびドンバスの一部の占領―は、主権に対する公然たる攻撃の始まりでした。2022年2月、この侵略は全面戦争へと拡大しました。4年にわたり、ウクライナは残虐な侵略者に対して国家防衛の戦いを続けています。国を迅速に屈服させるという侵略者の当初の計画は完全に崩壊しました。ウクライナ防衛軍は敵の進軍を大きく阻止し、海上および空中で決定的な作戦を遂行しました。侵略者の黒海艦隊は戦力の相当部分を失い、航空戦力も重大な損失を受け、その攻撃能力は著しく低下しました。



この極めて困難な時期において、ウクライナは国際社会の支援に深い感謝を抱いています。体系的な制裁と資産凍結は侵略者の経済に打撃を与えています。また、負傷した防衛者のリハビリテーション支援や、捕虜および強制連行された子どもたちの帰還にも力が注がれています。直近の冬もまた試練となり、エネルギー施設への執拗な攻撃の後、技術者たちは昼夜を問わずインフラ復旧にあたりました。



国家祈祷の日は、異なる宗派の人々を結びつけ、公正な平和を求める精神的な連帯の柱となっています。



ウクライナの家族が払っている代償―愛する者の命―は計り知れません。それは世界に対して、断固とした行動を求めています。ウクライナは自国の自由だけを守っているのではありません。すべての国家が独立し、隷属することなく存在する権利を守っているのです。

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