
銀の雨に映る緑の神話 。イヴァン・フランコの世界
26/6/7 15:00
六月の初め、ウクライナの緑の祭り(ゼレーニ・スヴャタ)の香り高い若葉が大地を包むころ、人の世界と太古の世界との境界は薄らいでいきます。

野の草花は呪文のようなささやきを響かせ、エメラルド色の森の奥からは、霧と朝露で織りなされた不思議な存在たちが姿を現します。
このような神秘的な季節になると、イヴァン・フランコは書斎の厳格な学者から、言葉の魔術師へと変わりました。『夏の小さなおとぎ話』には、人間の心を求めて森をさまようマウカの温かな息遣いが描かれています。また、詩『ルサルカ』では、水の底に秘められた神秘を繊細に描き出し、民間信仰を美しい詩へと昇華させました。フランコにとって神話とは単なる空想ではなく、祖先たちの魂が託された記憶そのものでした。
この作家の特別な魅力は、抒情詩人としての繊細さと学者としての厳密さを併せ持っていたことにあります。彼の民俗学研究は、精密な分析によって民間伝承や精霊信仰を解き明かしています。フランコは驚異的な知識人でもあり、14〜19の言語で執筆や翻訳を行い、生涯を通じて40以上の言語を理解していたといわれています。この卓越した語学力によって、彼は仲介者を介することなく各民族の知恵に触れ、原典を通して世界を学ぶことができました。
ちょうどこの六月、ウクライナでは人々がショウブや緑の枝葉で家を飾る一方、日本では神秘的な雨の季節である梅雨(つゆ)が続いています。銀色の雨の帳の中には、海を越えて私たちを結びつける不思議な魔法が生まれています。
ここで思い起こされるのが、俳人であり画家でもあった与謝蕪村です。フランコと同じように、蕪村は俳句を詠むだけでなく、超自然的な存在にも深い関心を寄せ、自ら妖怪たちの姿を描き残しました。二人の天才は、ともに言葉の芸術と民俗への探究心を結びつけ、忘れ去られようとする神話や伝承を後世へ伝えました。
フランコは明治維新と俳句の簡潔な美しさに強い関心を抱いていました。彼が感銘を受けたのは、日本という遠い国が国家の大規模な近代化を成し遂げながらも、自らの民族的アイデンティティ、独自の文化、そして母語を揺るぎなく守り続けたことでした。彼はウクライナにも同じような強さを願い、日本の歩みの中に同化に抗して自らを守るための模範を見出していました。
今日、私たちの夏は炎をまとっています。ロシアによる全面侵攻が続くなか、フランコが抱いていた「自らのものを守る」という願いは、かつてないほど切実な意味を帯びています。言語を守ること、民俗文化を守ること、そして先人たちの遺した一つひとつの営みを守ること。それこそが、私たちの存在をかけた最も重要な闘いなのです。
太古から受け継がれてきた根を守ることによって、私たちは自らのアイデンティティと未来を守っています。その未来とは、私たちのマウカたちが再び平和な森の中を自由に歩むことのできる未来なのです。