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1月22日はウクライナ統一の日

26/1/22 3:00

1月22日はウクライナ統一の日(ソボールニスチ)は、
ウクライナ民族が何世紀にもわたり追い求めてきた、統一され、主権を持つ国家の実現という戦略的目標を体現する、極めて重要な国家記念日です。

1919年1月22日、キーウの聖ソフィア広場において、ウクライナ人民共和国と西ウクライナ人民共和国の厳粛な統合が宣言されました。この出来事は、ウクライナの諸地域が一つの統一国家として結ばれることを象徴しています。
 しかし、1月22日は単に「統合(ズルーカ)」のみを祝う日ではありません。そのちょうど1年前の1918年、中央ラーダ第4ユニヴェルサルによって、ウクライナは20世紀において初めて「いかなる国にも属さない、自由で独立した主権国家」であることを宣言しました。1919年の統合は、こうした国家形成の流れを自然に受け継ぐ出来事でした。



「ソボールニスチ(統一)」という概念には、二つの重要な側面があります。
 第一は、領土的一体性―歴史的に形成されてきたすべてのウクライナの土地を、一つの国家として結ぶこと。


 第二は、精神的な結束―生まれ育った地域や居住地を問わず、すべての市民が一つに結ばれているという意識です。
 ソボールニスチは、国家の不可分性と社会の内的な結束を象徴する理念です。



この理念が現代史において最も大きく表れたのが、1990年の「ウクライナの波(人間の鎖)」でした。人々が手を取り合い、自由への意思を世界に示したこの行動は、主権回復への決定的な一歩となりました。



この運動の着想となったのは、1989年8月にリトアニア、ラトビア、エストニアの人々によって行われた「バルトの道」でした。三国の首都―ヴィリニュス、リガ、タリン―を結ぶ600キロ以上の人間の鎖は、平和的抵抗の力を世界に示しました。



それに呼応する形で行われた1990年1月21日のウクライナの行動には、数百万人が参加しました。キーウからリヴィウまで、ジトーミル、リウネ、テルノーピリ、ストリイを経由し、人々は道路沿いに並びました。青と黄色の国旗を手にした人々がつくり出した、途切れることのない連帯の線は、地域を超えた共通のアイデンティティと、独立への強い意志を永遠に刻みました。



2026年、国家の存続そのものをかけた闘いの只中にある今、統一の日は極めて重要な意味を持ちます。



今日におけるソボールニスチとは、日々の行動そのものです。前線で肩を並べて戦う兵士たち、後方で支えるボランティア、そして各地で日常を守り抜く市民一人ひとりの連帯です。それは、一時的に占領されたすべての領土を、再び一つの国家のもとへ取り戻すための社会全体の意志でもあります。現代の統一は、民主的価値観、共通の歴史への敬意、そして共に歩む未来への揺るぎない信念の上に成り立っています。



この記念日の伝統は、ドニプロ川に架かる橋での人間の鎖や、世界各地で行われる連帯行動として、今も受け継がれています。統合107周年は、歴史からの最も重要な教訓を思い起こさせます―国家の一体性こそが、その生存の条件であるということです。

ソボールニスチは今なお、国家の最大の力の源であり、自由のために闘ってきた世代と世代を結ぶ、揺るぎない絆を象徴しています。この象徴的な鎖の一つひとつの輪が、ウクライナ全体の安全と未来を支えているのです。

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