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3月8日は女性の権利と平和の国際デー

26/3/8 3:00

女性の権利と国際平和のための闘いの国際デーは、19世紀半ばにまで遡る深い歴史的背景を持っています。

この運動はサフラジェット(suffragists)の活動から始まりました。この名称はラテン語の suffragium(投票権)に由来しています。イギリスやアメリカの女性たちは、経済的自立、教育を受ける権利、そして政治的代表権を求めて立ち上がりました。



重要な出来事の一つとして、1857年にニューヨークで行われた「空の鍋の行進」が挙げられます。その後、1908年には数千人の女性たちが労働時間の短縮と同一労働同一賃金を求めて抗議行動を行いました。女性の平等を求める思想は、ヨーロッパの社会主義運動の中でも広く支持されました。コペンハーゲンで開かれた国際会議では、女性活動家たちの提案によって、毎年女性の日を設けることが提唱されました。



3月8日という日付が正式に定着したのは、社会主義者たちによる大規模なデモンストレーションが始まってから3年目のことでした。1917年、女性たちが「パンと平和」を求めて街頭に立ち上がり、これが大きな政治的変化へとつながりました。それ以来、集会やデモは多くの国々の社会生活の重要な一部となっています。



ウクライナのフェミニズム思想は、ヨーロッパの動きと並行して発展し、独自の知的エリート層によって支えられていました。歴史家たちは1884年12月8日を、ウクライナ・フェミニズム誕生の象徴的な日と考えています。オレナ・プチールカ(Олена Пчілка)、レシア・ウクライーンカ(Леся Українка / Лариса Косач)、そしてミレナ・ルドニツィカ(Мілена Рудницька)といった著名な女性たちは、女性の権利のための闘いを民族復興の理念と結びつけていました。オレナ・ドブロフライエヴァ(Олена Доброграєва)をはじめとする当時の知識人たちは、女性を国家形成の完全な担い手として理解するための基盤を築きました。



ソビエト時代には、この祝日の意味は変化しました。イデオロギーはこの日を政治的動員の手段として利用し、「働く女性」の役割を強調しました。やがて社会の中では、女性に花や贈り物を贈るという習慣が定着し、現在でも女性への敬意や感謝を表す方法として続いています。今日、ウクライナではこの日は国際女性デーとして公式の祝日となっています。



興味深いことに、日本でも同様の動きがありました。20世紀初頭、日本では「新婦人協会」という「新しい女性」の運動が生まれました。ヒラツカ・ライチョウのような活動家たちは、女性が政治集会に参加する権利や母性保護の法的保障を求めて活動しました。日本では3月8日が祝日となることはありませんでしたが、日本の女性運動もまた長い道のりを歩んできました。



今日、世界では女性が国家の最高指導的地位に就く例がますます増え、首相などの重要な役職を担う女性も多くなっています。これは国家運営における世界的な変化を示しています。



ウクライナでは、2014年に始まった戦争、そして2022年のロシアによる全面侵攻以降、女性の役割は国家の存続にとって決定的なものとなりました。今日のウクライナの女性は、前線で戦うプロフェッショナルな兵士であり、前線の大きな需要を支えるボランティアであり、前線近くの病院で働く医師であり、国を国際社会に代表するリーダーでもあります。現代のフェミニスト団体は、人道支援活動やウクライナ軍に所属する女性たちへの支援に力を注いでいます。困難な試練の中で、女性の強さと勇気は民族の不屈の精神の礎となっています。



ウクライナでは古くから女性はベレヒーニャ(Берегиня) ― 家族と一族を守る存在 ― として敬われてきました。その知恵と愛は、最も困難な時代にも家庭と国を支え続けます。深い感謝、花、そして贈り物は、その強さへの心からの敬意の表れです。女性の貢献の価値を常に忘れず、一人ひとりの女性を温かさと思いやりで包み込み、生命を守り、この土地に再び調和を取り戻すうえでの特別な役割を尊重することが大切です。

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