
母の日
26/5/10 3:00
5月は、自然が花開き、人々の心が感謝で満たされる特別な光をもたらします。

5月の第2日曜日、私たちは「母の日」を迎えます。この日は、最も大切な存在への敬意を通して、ウクライナと日本を結びつける祝祭の日です。
この日の歴史は、アメリカの社会活動家 アンナ・ジャーヴィス の名前と深く結びついています。1908年、彼女は母親を称える活動を始め、敬意の象徴としてカーネーションを身につけるという心温まる習慣を広めました。白い花は亡き母への想いを、色のある花は健在の母への感謝を表しています。
母の日が正式に認められたのは1914年です。ウクライナでは、この祝日には深い歴史があります。1928年にカナダのウクライナ女性連盟が祝いを始め、1929年からはガリツィア地方で伝統として定着しました。1939年にはソビエト政権によって母の日は禁止されましたが、ウクライナの独立後、再び国家的な行事として戻ってきました。
現在、ウクライナは2014年から、そして特に2022年2月以降、ろしあによる全面侵攻という大きな試練の中にあります。その中で「母」の存在は、不屈の象徴となっています。祈りを捧げ、民族の精神的な力を支える存在として、母は人々の心に生き続けています。
日本文化においても、この日「母の日(ハハの日)」は深く大切にされています。この習慣は1913年頃に日本へ伝わり、1949年から現在のように5月第2日曜日に定着しました。日本では、子どもたちは母親へ赤いカーネーションを贈ります。それは純粋さ、優しさ、そして変わらぬ愛情を象徴しています。
ウクライナの伝統では、母はカリーナ(ガマズミ)や白百合にたとえられ、命を授けてくれたことへの感謝を込めて花や心からの言葉が贈られます。母とは、私たち一人ひとりにとって最初の陽の光であり、最も暗い夜を静める声であり、人生のあらゆる嵐の中でも変わらず支え続けてくれる存在です。
今日、ウクライナの母親たちは計り知れない勇気を示しています。空襲警報の音の中で子どもを育てる母もいれば、前線から息子や娘の帰還を待ち続ける母もいます。そして、自ら祖国を守るために立ち上がった母親たちもいます。
この日は、最も大切な存在を失った母親たちのために深く祈りを捧げる時であり、戦争の中でもなお人々に温もりを与え続ける母親たちへ、深い敬意を表す日でもあります。母への感謝とは、どのような状況よりも強い愛から生まれる、私たちの務めなのです。
母とは、見返りを求めない献身そのものであり、私たちが共に守り抜こうとしている「命の未来」への信念の象徴です。支えの言葉、温かな抱擁、そして母の手に渡される一輪の花。その一つひとつが、子どもと祖国の運命とともに鼓動する、母の尽きることのない心への大きな感謝となります。
この祝日は、世界を調和と平和へと導く永遠の価値を思い起こさせながら、私たちの心を優しい光で満たしてくれます。






