top of page
International House in Japan28-11-2024-10.jpg

ミハイロ・コツュブィンシキー 第一部

26/9/16 12:00

本記事は、ZenGroup株式会社のご支援による国際理解記事
プロジェクトの一環として制作されました。

「現実もまた、夢と同じように跡形もなく消えてしまうのではないか。人生とはたちまち過ぎ去る夢であり、夢もまた人生なのではないか」――ミハイロ・コツュブィンシキーの短編小説『夢』に登場するこの問いは、禅の公案のように響きます。それは私たちを、知覚されたものと現実との境界が限りなく透明になる世界へと、一瞬にして導きます。



世界の移ろいを捉える美意識と、今この瞬間を深く感じ取る感性。それらは、ウクライナ印象主義の父と称される19世紀末から20世紀初頭の作家コツュブィンシキーと、東洋の哲学的伝統を結びつけています。



道教には、荘子が蝶になった夢を見たという有名な説話があります。目を覚ました荘子は、自分が蝶の夢を見た人間なのか、それとも人間になった夢を見ている蝶なのか、分からなくなりました。コツュブィンシキーもまた、存在が持つこのような幻影性を感じ取っていました。彼の登場人物にとって、内面の体験や幻影、夢は、日常生活以上に現実味を帯びていたのです。



ミハイロ・コツュブィンシキーには、最も素朴なものの中に心を打つ美しさを見いだす、類まれな才能がありました。感情の繊細な機微を捉える彼の力は驚くべきものでした。しかし年月が過ぎるにつれ、穏やかな家庭生活は日常へと変わり、心の疲れは新たな刺激を求めるようになります。



短編小説『夢』の中で、作者は主人公を通してその内なる渇望を表現しています。



「海の嵐や春の息吹のように、力強く美しい何かを体験したかった。人生の新しい物語に触れ、胸の内で翼を畳んでいた、まだ歌い終えていない歌を歌い上げたかった」



1910年の夏、新たな感動を求めたコツュブィンシキーは、カルパチア山脈にあるクリヴォリウニャ村を訪れました。そこで彼は、何世紀にもわたり独自の暮らしと世界観を守り続けてきた民族文化地域、フツル地方と出会います。この地では、古来の信仰やモルファルと呼ばれる呪術師、山の精霊をめぐる伝承が、キリスト教の儀礼と密接に溶け合っていました。



コツュブィンシキーはこの豊かな民俗世界を深く探究し、フツルの人々と交流しながら、数多くの伝説を収集しました。その成果として生まれたのが、中編小説『忘れられた祖先の影』です。イヴァンとマリーチカの宿命的な愛が、生と死の境界を越えていく物語です。



1964年には、映画監督セルヒー・パラジャーノウが同作を映画化しました。この作品は、今日では世界映画史に残る名作となっています。



コツュブィンシキーは、この作品の発表から間もない1913年、48歳で生涯を閉じました。彼が遺した作品は決して多くありませんが、そこに宿る力は計り知れません。その文学世界は、私たちに立ち止まり、奥深い美しさを感じることを教えてくれる、精緻な一枚の絵画のように、今も輝き続けています。

bottom of page