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リドナ・モーヴァ(Ridna Mova)/母語の日、 ウクライナ語の日

26/2/21 3:00

2月21日、ウクライナは世界とともに 「ウクライナ語の日(Ridna Mova〈リドナ・モーヴァ/母語〉)」 を迎えます。

2月21日、ウクライナは世界とともに 「ウクライナ語の日(Ridna Mova〈リドナ・モーヴァ/母語〉)」 を迎えます。



この日は、世代を結ぶ“生きた言葉”を祝う日です。ウクライナの人々にとって、言語は民族の心臓であり、文化の源であり、世代を超えて私たちを結びつける最も強い絆です。国内各地では、文学朗読会、言語マラソン、教育イベントなどが開催され、ウクライナ語の美しさと豊かさが紹介されます。



ウクライナ語の歴史は、9〜13世紀のキーウ国家(Kyivan state)にまで遡ります。長い年月を経て、ウクライナ語は開かれた動的な体系として発展し、ヨーロッパ文化の豊かさを取り入れてきました。国境地域では、近隣諸国の言語と自然に交わっています。ザカルパッチャではハンガリー語の影響が見られ、ブコヴィナではルーマニア語の要素が加わり、南部ではブルガリア語の響きが感じられます。また、語彙の中にはラテン語、ドイツ語、ポーランド語の痕跡も残っています。共通のスラヴ的起源により、ウクライナ人はポーランド人やチェコ人と容易に言語的な架け橋を見いだすことができます。言葉は国境を越え、ヨーロッパの中心をつないでいます。すべてのウクライナ人にとって、リドナ・モーヴァ(Ridna Mova/ウクライナ語) は故郷、安全、そして個人の尊厳の象徴です。それは歌や独自の世界観が受け継がれる空間なのです。



ウクライナ語の歴史には、厳しい試練の時代もありました。18世紀から20世紀にかけて、帝政体制のもとで継続的な圧力を受け、教育・文化・出版の分野で使用が制限されました。ソ連時代には、ウクライナ語は公的・学術的領域から体系的に排除されました。それでも人々はアイデンティティを守り続けました。言語は家庭の中で、知識人の間で、日常生活の中で生き続けました。困難の中で守られた一つひとつの言葉は、民族の精神的強さの証となりました。



今日、ロシアによる全面侵攻のもとで、言語の問題は新たな切実さを帯びています。占領地域ではウクライナ語の禁止、教育課程の改変、書籍の破壊などが行われ、ウクライナ人の独自性そのものを消し去ろうとする試みが続いています。そのような状況の中で、リドナ・モーヴァ(Ridna Mova/ウクライナ語) は保護と連帯の力強い象徴となっています。現代のウクライナ人にとって、リドナ・モーヴァを話すことは、自由と自己尊重を選び取る行為です。



現代のウクライナ社会は、言語を中心に顕著な結束を示しています。日常生活でウクライナ語を選ぶ人が増え、それを内なる世界を守る手段としています。国家は映画、文学、音楽の発展を支援し、文化的な開花のための環境を整えています。それは自然な「原点への回帰」であり、社会にエネルギーと未来への確信をもたらしています。ウクライナでリドナ・モーヴァを称えることは、生命と不屈の精神を祝うことです。ウクライナ語で交わされる一つひとつの会話は、世界の文化的多様性を守ることにつながっています。私たちは祖先の言葉を話せることを大切にし、その響きがこれからも自由に続いていくよう努めています。


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