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秋分とミハイロ・コツュブィンスキー 後編

26/9/24 12:00

国際理解記事プロジェクト
スポンサー:ZenGroup株式会社

日本の秋分の日は、昼と夜の長さがほぼ等しくなる頃にあたります。この時期は「お彼岸」でもあり、祖先を偲び、その人々にゆかりのある場所を大切にする特別な期間です。自然の暦においても、夏が終わり、大地が新たなリズムへと移っていく、はっきりとした節目となります。



ウクライナの作家ミハイロ・コツュブィンスキーの作品においても、秋はしばしば、そのような境目の季節として感じられます。秋は色彩や香り、実りをもたらすと同時に、その内側にすでに次の季節を宿しています。



短編小説『公益のために』では、ブドウ畑が人間とともに生きています。夏の労働の後には収穫の季節が訪れ、やがてブドウの木を冬に備えさせる時期がやってきます。大地での営みは、先祖たちが行ってきたことを受け継ぐものであり、土地にはその経験と記憶が刻まれています。



『内縁』では、コツュブィンスキーは秋を黄金色の光の中に描きます。収穫を終えた後の澄んだ空気、黄色い葉、陽光、熟した実をつけた木々。それらが形づくる空間の中で、人と人との関係もまた、新たな状態へと移っていきます。ここでの秋は、実りと変化の季節です。



『デビュー』に描かれる秋は、また異なる姿を見せます。秋は「蝋燭のように溶け」、次第に透明さを増し、雨と風が訪れ、夕暮れの時間が長くなっていきます。自然はゆっくりと夏を手放し、人を取り巻く空間のすべてを変えていきます。



そして、叙情的散文『深みから』の中で、コツュブィンスキーは最も大切なものを見つめます。秋の植物でさえ、一つひとつの芽に生命への希望を宿し、やがて新しい若芽を伸ばすのです。



コツュブィンスキーが描く秋は、「秋分」という季節の感覚そのものと響き合っています。一つの季節の終わりは、同時に次の季節の始まりでもあります。実りには過去の労働が受け継がれ、自然は冬への準備を始め、秋の芽の中には、すでに未来の春が存在しています。

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