top of page
International House in Japan28-11-2024-10.jpg

UKRAINE HOUSE JAPANをつくる人々

26/9/13 12:00

UKRAINE HOUSE JAPANのメンバーと、私たちの活動を日々支えている人々をご紹介する連載をお届けします。

時に、大きなことは壮大な計画から始まるのではありません。「自分には何かできることがある。何もしないではいられない」という思いから始まります。

私はインナ・イリナです。日本に暮らして7年になります。そのうち5年以上、駐日ウクライナ大使館で勤務してきました。

その間、私の人生はさまざまな形で、ウクライナについて、そして何世紀にもわたって破壊され、消し去られようとしてきたウクライナの豊かな文化について日本の皆さまに伝え、両国のつながりを築くことと深く関わってきました。

ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まってから、そのすべてがまったく違う意味を持つようになりました。

日本は、私と二人の子どもたちが今も暮らし、学び、未来を描き続けている国です。

そしてウクライナは、どこにいても、これまで以上に大切に守り、自分の中に持ち続けていきたい「故郷」です。

そんな思いから少しずつ形になっていったのが、Ukraine House Japan (ウクライナハウス・ジャパン) ・ウクライナ文化センターです。

私にとってウクライナハウスは、単なる団体でも、イベントを開催するためだけの場所でもありません。

ここは、ウクライナを見て、聞いて、読んで、味わって、自分の手でつくり、そして感じることのできる場所です。

本やアート、ウクライナ語、伝統工芸、ヴィティナンキ(切り絵)やプィーサンキ(伝統的な装飾卵)、ウクライナ料理、映画上映、講演や交流会などを通して、日本の皆さまにウクライナ文化を紹介しています。

ウクライナハウスでは、同じ思いを持つ女性たちがチームとなり、子どもから大人まで参加できるさまざまなプロジェクトをつくっています。

日本の団体、文化施設、企業とのパートナーシップを築きながら、ウクライナのアーティストや職人、講師たちが日本で活躍できる機会を広げることにも取り組んでいます。

そして、私の歩みにおけるもう一つの特別な経験となったのが、大阪・関西万博(EXPO 2025)でウクライナパビリオンの館長を務めたことです。

6か月にわたり、ウクライナパビリオンは、ウクライナと世界が出会う場所となりました。

私にとってそれは、世界各地から訪れる人々にウクライナについて伝える大切な機会でした。

自らの存在をかけて闘いながらも、創造することをやめず、発展し、夢を持ち、未来を見つめ続ける国——そんなウクライナの姿を伝える機会でした。

この経験を通して、ウクライナハウスの活動の根底にある私の思いは、さらに強くなりました。

ウクライナを、戦争のニュースだけで知られる国にしたくない。

日本の皆さまに、千年を超える文化を持ち、独自の芸術、言語、食文化、ユーモア、そして伝統を持つ国として、ウクライナを知っていただきたい。

才能あふれる人々の国。

そして、どれほど困難な時代であっても、創造することをやめない国です。

同時に、ウクライナハウスは、日本で暮らすウクライナ人自身のための場所でもあります。

ウクライナ語が話される場所。

子どもたちが自分たちの文化とのつながりを感じられる場所。

仲間と出会い、一緒に何かをつくり、たとえ数時間でも故郷の空気を感じられる場所です。

5年後、10年後、ウクライナハウスがどのような姿になっているのか、今はまだ分かりません。

でもいつか、日本におけるウクライナ文化の大切な拠点となり、ウクライナと日本をつなぐ生きた架け橋になってほしいと心から願っています。

なぜなら、「家」とは帰る場所だけではないから。

時には、家とは自分たちの手でつくっていくものでもあると思うのです。



インナ・イリナ副理事長

ウクライナ文化センター

bottom of page