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ウクライナ映画の日

26/9/12 12:00

「国際相互理解」プロジェクト
プロジェクトスポンサー:ZenGroup株式会社

9月12日、ウクライナでは「ウクライナ映画の日」を祝います。映画関係者のためのこの記念日は、1996年1月12日付の大統領令によって制定され、毎年9月の第2土曜日に祝われています。秋に定められた背景には、新しい文化シーズンが伝統的にこの時期に始まること、そしてウクライナを代表する映画監督オレクサンドル・ドウジェンコが1894年9月10日に生まれたことがあります。



興味深いことに、ドウジェンコが誕生する1年前、そしてリュミエール兄弟が初めて映画を公開上映する以前に、ウクライナではすでに動画を撮影・投影する装置が生み出されていました。



1893年夏、オデーサ大学の技師ヨシプ・ティムチェンコは、映像を断続的に送るための間欠機構を開発しました。そして物理学者ミコラ・リュビモフとともに、その機構を用いたキネトスコープを製作しました。この装置によってオデーサ競馬場で初期の短い映像が撮影され、その後、動く映像が一般に公開されました。しかし、この発明は特許を取得しなかったため、世界の映画史には主にリュミエール兄弟の名が刻まれることになりました。



ウクライナ映画に詩的な映像表現を確立した先駆者が、オレクサンドル・ドウジェンコです。1930年の映画『大地』では、自然を一人の登場人物のように描きました。自然は人間と調和し、登場人物とともに呼吸し、感情を分かち合っているかのように映し出されています。



ドウジェンコは、人物の表情や風景をとらえた印象的で大胆なクローズアップを用い、当時としては極めて画期的だった裸体の場面も撮影しました。公開後まもなく作品はソ連の検閲を受け、一般上映から外されました。観客が修復版を再び見ることができるようになったのは、それから数十年後のことでした。



1965年には、ウクライナ文学を代表する作家ミハイロ・コツュブィンスキーが1911年に発表した同名小説を映画化した傑作『忘れられた祖先の影』が公開されました。トビリシ生まれのアルメニア系映画監督セルゲイ・パラジャーノフは、カルパチア山脈に広がる独特な地域、フツル地方に強く魅了されました。



ウクライナ西部のこの山岳地域では、何世紀にもわたり、伝統的な儀式や古代からの信仰、そしてキリスト教の伝統と結びついた神秘的な世界観が守られてきました。パラジャーノフはその世界に深く入り込み、次のように語っています。



「ウクライナは私の祖国、私の第二の祖国です。そこで私は最初の傑作を生み出し、そこで天才になりました」



現在のウクライナ映画は、ロシアが2014年にウクライナに対して始め、2022年に全面侵攻へと拡大した戦争を記録しています。映画監督たちは、ウクライナ国民の抵抗、前線で起きている出来事、そして市民の日常を映像に残し続けています。



2024年、ムスチスラウ・チェルノウ監督の『マリウポリの20日間』が、アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しました。これは、ウクライナ映画として史上初のアカデミー賞受賞となりました。作品は、マリウポリの悲劇、市民の勇気、そしてロシア軍が行った犯罪の真実を世界に伝えました。



まもなく、駐日ウクライナ大使館は、UKRAINE HOUSE JAPANおよびStand With Ukraine Japanの協力のもと、ウクライナ映画祭を開催します。日本の皆様に、ウクライナの闘い、文化、そして自由を描いた現代の映画作品をご覧いただきます。

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