
同じ空の下で
26/9/19 12:00
ウクライナ文化センターのチームを紹介する連載をお届けします。今回は、オレナ・ゼムリヤチェンコが自身の物語を語ります。

私にとって、プラネタリウムは決して単なる職場ではありません。そこは、人々がほんのひととき日常から離れ、空を見上げ、自分がはるかに大きな何かの一部であることを感じられる場所です。だからこそ私は、天文学を単なる科学ではなく、人と文化、そして宇宙の間に生まれる特別な対話の形として捉えてきました。
私の仕事の歩みは、ハルキウ・プラネタリウムから始まりました。そこで私は、人生の7年間を過ごしました。難しいことを分かりやすく、感情を込めて、誠実に伝える方法を学んだのも、この場所でした。プログラムを終えた人々が、新しい知識だけでなく、空への感動も胸に抱いて帰ってくださることを、私はいつも大切にしていました。
ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まり、私の人生は大きく変わりました。日本への避難は、単に別の国へ移ることではなく、それまで慣れ親しんできた世界を完全に失うことでもありました。私は日本語が分からず、知り合いもおらず、いつか再びプラネタリウムの仕事に戻れるのかさえ想像できませんでした。当時は、人生のその一章はすでに過去のものになってしまったのだと感じていました。
しかし、人からの支えがどれほど大切なものかを教えてくれたのも、日本でした。JAXA(宇宙航空研究開発機構)に連絡したことをきっかけに、日本のプラネタリウムで働く方々と出会うようになりました。皆さんは言葉で励ますだけでなく、私が少しずつ大好きな仕事に戻れるよう、力を貸してくださいました。その方々のおかげで、私は日本のもう一つの姿を知ることができました。それは、とても細やかで、温かく、人間味にあふれた姿でした。
現在、私は日本各地のプラネタリウムや教育施設とともに活動しています。一つひとつの旅、プログラム、そして人々との出会いが、異なる言葉を話し、異なる文化の中で育った人々であっても、星空への愛によって結ばれることができるのだと、改めて教えてくれます。
活動の中で私は、ウクライナと日本、それぞれの空の見方を結びつけようとしています。そして、科学と物語、文化、人の感情が重なり合うプログラムやプロジェクトを制作しています。星空はすべての人に等しく与えられたものだからこそ、それを通してウクライナと日本の間に文化の架け橋を築くことを、私は特に大切にしています。
現在、私にとって最も大切な活動の一つが、「バーチャル・ハルキウ・プラネタリウム」プロジェクトです。これは、戦争前のプラネタリウムを再現した単なる3Dモデルではありません。私にとっては、自らの歩みが始まった場所の記憶を残す方法であり、最も暗い時期を経験した後でも、人は新しいものを生み出し、互いに支え合い、空を見上げ続けることができるのだと伝えるためのプロジェクトです。
プロジェクトの詳細はこちらからご覧いただけます。
https://www.stars4peace.com/ja/virtualkharkivplanetarium
これまでの経験から、私はとてもシンプルなことを学びました。光や知識、夢を分かち合いたいという心からの思いで人々が結ばれるとき、国境や言葉、距離は、それほど重要ではなくなります。
そしておそらく、だからこそプラネタリウムは私にとって、これからも単なる職業ではありません。そこは、人々が互いのつながり、そして宇宙とのつながりを、もう一度感じることを学ぶ場所なのです。
今の私には、同じ思いを持つ仲間がいます。そして、ウクライナ文化センターのチームとともに、日本の皆さんにウクライナを知っていただくという、大切な活動に取り組むことができます。私たちはそれぞれが、最も得意とする活動を通してウクライナを紹介しています。だからこそ、私たちのイベントを訪れる方々は、一人ひとりの関心に合ったものを見つけることができます。
このような素晴らしいチームの一員でいられることを、心からうれしく思います。



